向上心の壁 ”精神的に向上心のないものは、馬鹿だ”

 

「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」

 

夏目漱石のこころという作品が私は大好きなのですが、この台詞がもとで友人のKは自殺してしまいます。向上心のないものは(てん)馬鹿だ、とわざわざ一呼吸おいて放っているあたり、主人公の嫉妬やら侮蔑やらといった複雑な感情が表れているようで胸が痛みます。いったい向上心ってなに?と考えてしまいますね。

 

そこで調べてみた結果が以下↓

 

kotobank.jp

 

 とにかく、より良い状態を目指して努力するってことらしいです。

 

例えば、自転車に乗れないから乗れるように努力する、勉強できないからできるように勉強する、絵が下手だから練習する、こういった学習行為自体が向上心の先にあるものではないかと思います。こういうのって、子どもの頃は誰しもが自然にできていた行為だと思うのです。

 

でも、人生が進むにつれて学習行為自体の難易度は上がってきます。例えば有名大学に入るために勉強する、でも勉強しても入学できるかどうかはわからない。仕事の腕を磨く。でもどうやって?自転車やお絵かきのようにやればやるほど上達するという単純なものではなくなってきます。

 

こういった難易度が上がったものにたいしても果敢にチャレンジし、結果を出せた者だけが向上心を持ち続けることができるのです。ここで失敗したり、最初からあきらめるような人間はその後の人生も諦め続けることになります。

 

では向上心のないものは本当に「ばか」なのか?

 

私はそうは思っていません。向上心がない人たちがいるのではなく、向上心を持ち得る境遇に恵まれなかった人たちが在るだけなのです。自分の親や兄弟が常に努力して結果を出しているところを普段から目の当たりにしていれば、自然と本人も向上心を持つのは当たり前のことだからです。しかし、そういったモデルケースがいない場合は向上心を持っても無駄だ、と脳みそにプログラミングされてしまう。ここで、向上心の差がはっきりと出てしまうのです。

 

どこかの有名人か誰かが言っていたと思うのですが、努力できるのも才能のうちなのです。そういう環境にないのであれば、自ら成功体験を作り出すしかないという超絶ハードルの高い人生が待ち受けています。かろうじて若いうちにそれが実現できた人はまだいいですが、そういう経験がなければ向上心は生まれるはずがないのです。

 

実際に、私も「なんでこの人たちこんなやる気ないんだよ!」と憤慨していたこともありましたが、それ自体が間違いなのです。そういった環境にいるのが嫌であれば、向上心がある人たちの集団に移動するしか問題解決はあり得ません。

 

モチベーションをアップさせる方法、とかなんとか自己啓発本も数多くありますが、結局はモチベーションがないのは本人の責任や生き方なので、為すすべはありません。よっぽどクソ上司とかじゃない限りはある程度のモチベーションをもってやってくれるはずなのです。

 

他人に影響を与えることはできますが、他人を変えようとすることは難しいです。向上心とは、その人の生き方なのかもしれません。